深いソコから


「アニキ…。」

深夜、新西宮ホテルの廊下で、雉子村黄泉は消え入りそうな声を耳にし。
振り向いた。

「天国…?」


そこにいたのは…彼の弟。
猿野天国だった。


「何だ?こんな夜中に…。」


「…。」


黄泉の問いに天国は答えない。


その様子に、黄泉はなぜか苛立ちを感じた。

そして、その苛立ちのままに、黄泉は口を開く。

「小虫ガ…言葉モ忘レタノカ?」


すると、天国はゆっくりと答えた。


「アンタこそ…言葉を忘れたんだな、アニキ…。」


それは皮肉のように聞こえたが。
そうではないことは、天国の顔を見れば分かった。


今の天国は…再会したときのように、喧しく吼えてはこない。
言葉少なに、ただ見つめてくるだけ。


「天国?」

気づくと、天国の瞳からぽろぽろと涙がこぼれて落ちた。


こんな顔は、見たことがあった。

ずっと昔、小さかった頃。



父親に連れられ、母と、天国と別れたあの時に…。




「天国……?」


「……。」

天国はうつむくと、口をつぐむ。




「何カ…言イタイコトガアルノカ…?」



どこか空気を痛く感じ、黄泉はそう問うが。
天国は何も答えない。

涙も 止まらない。


ただそれが、辛く感じた。


天国の涙を見ているのが。


黄泉は、無性に辛いと感じた。



「天国…泣く…な。」

つ、と黄泉は天国の涙を指でぬぐった。


ほとんど無意識で、その行動をしていたが。
自分の身体がその行動に違和感を感じさせなかった。


それは 黄泉にとって 自然な行動だった。


少なくともあの頃までは。


天国の涙をぬぐい、なぐさめて。



泣かないように 抱きしめていた。




気づいた時、黄泉は天国の身体を抱きしめていた。



「…あ…。」

そのことに、誰よりも驚いていたのは…黄泉自身。
こんなこと、するつもりはなかった。

自分はこの腕の中の存在を、弟などと思わないようにしていたのに。


過去の存在にしていたのに。


だけど。


腕に抱きしめたぬくもりは、黄泉に喩えようのない気持ちを与えた。

それは懐かしさと、いとおしさ。



「…アニキ…?」


腕の中で、天国はまた黄泉を読んだ。


その声が、黄泉の想いを更に募らせる。



そうだ。

オレは、天国が。


弟が大好きだった。



大好きで、守りたくて、ずっと傍にいたくて。


離れたくなくて、離したくなくて。


辛かったのに。



「アニキ…?」

見上げる瞳を、見つめ返す勇気は、黄泉にはなかった。


ただただ、天国の身体を抱きしめた。
体温を感じた。

いとおしいと思う感情のままに。



すると。



言葉もなく、天国は黄泉の背を抱きしめ返した。



そして小さく、言った。



「会いたかった…兄ちゃん…。」




その瞬間。



黄泉はやっと 弟に会えた。



記憶の奥底に眠らせていた…君に。



          



                                             end



黄泉猿はこのスタンスがかなり書きやすいですね…。
というわけでユエさま、大変遅くなり申し訳ありませんでした!

もっと黄泉さんのイメージは鬼畜なんですが…なんか文章にするとどこか弱くなりますね…。
鬼畜なままで突っ走る黄泉さんをご期待でしたら申し訳ないです…。
っていうか単発CPだとこのパターンばっかりなんで、こんど黄泉猿の時は鬼畜を!
…とか思います。できたらですけど…。


ユエ様、改めまして素敵リクエストありがとうございました!


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